南九州旅行 平成25年11月24日(日)〜11月26日(火) 
1日目 延岡から高千穂へ

九州は阿蘇までは何度も訪れたが、地図上は近くに思える高千穂の夜神楽を一度生で見てみたいと
思っていたのになかなか叶わなかった。

まだ20代のころ、喜多さんと二人で九州一周をしたことがあった。車で佐賀から長崎に入り、ちゃんぽん発祥の店という
「四海楼」で長崎ちゃんぽんと皿うどんを食べ、グラバー亭などを訪れ1泊。
翌日は雲仙を見物しフェリーで島原から熊本に渡り、鹿児島の指宿まで一般道をひたすら走った。
指宿の宿に着いたのは21時過ぎで、あわただしい行程だった。
3日目は鹿児島から宮崎へ、鬼の洗濯板で有名な日南海岸に一泊し、合計3泊で九州7県をすべて回るという
かなり無謀な旅行だった。


今回は、父親の17回忌の法要があるのを幸い、長い間気にかかっていた高千穂の夜神楽を見に行くことにする。
法事の翌日、兄に新岩国駅まで送ってもらい、山陽新幹線で小倉まで。
小倉から日豊本線に乗り換え10:40発「ソニック13号」で大分まで、大分で「にちりん11号」に乗り換え延岡へ。


14:08、予定通り延岡駅に着いた弥次喜多道中は、予約しておいた駅レンタカーで高千穂に向かうのだが、
その前に延岡市で絶大な人気を誇るという「再来軒」というラーメン屋さんに立ち寄ることにする。

スープはおいしかったのだが、麺が九州独特のマルタイラーメンのようで、・・・微妙。
   
 
〈手力雄(たぢからお)の舞〉
 
〈鈿女(うずめ)の舞〉
 
〈戸取(ととり)の舞〉
高千穂の夜神楽(重要無形民俗文化財指定)

 高千穂地方に伝承されている神楽は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れられた折に、岩戸の前で天鈿女命(あめのうずめのみこと)が調子面白く舞ったのが始まりとされており、古来私共の祖先は永い間この神楽を伝承して今日に及んでおります。
 毎年11月の末から翌年の2月にかけて各村々で33番の夜神楽を実施して、秋の実りに対する感謝と翌年の豊饒を祈願するものであります。
(高千穂観光協会チラシより)

ちょうど農閑期のこの時期、一般家庭で本当の夜を徹しての夜神楽が奉納されており、一般観光客も見ることはできるのだが、今夜の家は10km以上離れており、一晩中付き合う体力と気力もないので残念ながらパスすることにする。

〈戸取(ととり)の舞〉
ということで以下の代表的な4番の神楽舞を高千穂神社境内の神楽殿で毎日公演しているので見学に行くが、ちゃんとホテルのバスで送迎してくれる。

 (1)手力雄
(たぢからお)の舞
 天照大神が天岩戸にお隠れになったので、力の強い手力雄命が天の岩戸を探し出すため静かに音を聞いたり、考えたりする様子を表現しています。

(2)鈿女
(うずめ)の舞
 天の岩戸の所在がはっきりしたので岩戸の前で面白くおかしく舞い、天照大神を天の岩戸より誘い出そうとする舞であります。


(3)戸取(ととり)の舞
 天の岩屋も岩戸の戸も所在がはっきりしたので、手力雄命が岩戸を取り除いて天照大神を迎え出す舞で勇壮で力強く舞う舞であります。

(4)御神体の舞
 一名国生みの舞と申しますが、イザナギ・イザナミの二神が酒を作ってお互いに仲良く飲んで抱擁し合い、極めて夫婦円満を象徴している舞であります。

〈戸取(ととり)の舞〉
   

 高千穂の「ホテル四季見」に着いたのは夕方4時を回ったころだった。
チェックインを済ませると、まだ少し日暮れまでありそうだから「天岩戸神社」に参拝することにする。


神話は神話で、実際に起きた事件ではないにせよ、天照大神が太陽神であることを証明する有名な神話だ。この神話は日食を暗示している。古代の人は突然太陽が隠れて夜になった日食現象にびっくりしたことだろう。

天岩戸神社に着くともうすでに薄暗くなっている。胡散臭い話だが、天岩戸を拝観するには別料金を払って神職に案内してもらうのだそうだ。天岩戸は撮影禁止でしかもかなり崩れて単に崖にしか見えないらしい。

天の岩戸の拝観はパスして、少し歩いて「天安河原」に行ってみることにする。ここは天照大神が天の岩屋にこもった際、神々が善後策を相談した場所なのだそうだ。

〈天の岩戸神社の御神体〉
 
〈天安河原(あまのやすがわら)天照大神が岩戸に隠れた際に、八百万の神々が外へ導くための作戦を立てた場所といわれる大きな岩穴〉
 
2日目 高千穂から鹿児島中央へ

 ホテル四季見の食事は非常に郷土色豊かで、それぞれにおいしかった。
また、朝食時に宿の方が、天安河原で写真を撮ると天照大神の御神体の鏡や日輪が写ることがあると言っていたが、この写真がそうだろうか。デジカメを持っていくのを忘れたためスマホで撮ったのだが、丸い光が3つも写っていて心霊写真のようだ。上の写真の数秒後に撮ったのに写り方がまったく違う。

それはさておき、翌朝9時ころチェックアウトした弥次喜多道中は、高千穂町内をドライブする。まず、2005年の台風14号による被害で廃線となった高千穂鉄道の高千穂駅を訪れる。

再開の検討はされたようだが、採算の確保が難しいとの判断で断念。しかし一部ではあるが、最近高千穂駅から高千穂橋梁間を観光車両を走らせる路線を高千穂あまてらす鉄道が復活させた。

〈天安河原で写真を撮ると鏡や日輪が写ることがあると言っていたが〉

〈今は廃線になっている高千穂鉄道高千穂駅〉

〈トロッコ たぢからくん〉
 
〈昨夜、夜神楽を拝観した高千穂神社へ参拝する〉

〈夫婦杉 根元でくっついている 手をつないで三回廻ると夫婦仲睦まじく・・・とあるので一応廻ってきた〉

〈秩父杉 源頼朝が畠山重忠を代参させた際の重忠手植の秩父杉は樹齢800年〉
 
〈高千穂神社は平安時代以来1200年以上の歴史を持つ古社〉
高千穂峡

 高千穂峡は太古の昔、阿蘇火山活動の時、噴出した溶岩流が五ヶ瀬川にそって帯状に流れ出し、急激に冷却したため柱状節理の素晴らしい懸崖となった渓谷で、上流の窓の瀬から下流の吐合の間の景観が特に優れ、高いところで100m、平均80mの断崖が東西にわたり約7kmも続いています。昭和9年11月に五ヶ瀬渓谷として名勝天然記念物に指定され、また、昭和40年3月には、祖母傾(そぼかたむき)国定公園の一部に指定されました。(高千穂町観光協会チラシより〉

〈30年ぶりの高千穂峡〉
 
〈真名井の滝 このモミジはまだ紅葉していない〉

〈柱状節理の岩がみごと この歩道は真名井の滝の撮影スポット〉

〈真名井の滝 30年前にはボートに乗ったが今回はパス〉

〈仙人の屏風岩 日本人は自然の風景に名前を付けるのが好き〉

〈延岡駅にレンタカーを返す時間があるのでこの辺りで引き返す〉

〈七つが池〉
 
〈子猫がなつく 寒そうでかわいそう〉
 
〈おのころ池で水を飲む子猫 何か食べ物を持っていればよかった〉
 
〈おのころ池にはチョウザメが さすがにこれは捕れない〉
 
   
  
〈平日なのに観光客がたくさん〉
   

〈帰りに立ち寄った天翔大橋  水面からの高さ143メートルは日本一の高さ とにかく谷が深い〉
   
 延岡駅から鹿児島中央駅へ

 高千穂から約1時間半かけて延岡駅に戻った弥次喜多道中は、駅の真ん前のGSでガソリンを満タンにして、駅レンタカーに返却。2日間で高千穂までの往復150kmくらいしか走っていないからろくに入らないだろうと思ったが、なんと4.5リッターしか入らなかった。燃費は33km/Lだ。日産ノートだったが最近の車の燃費の良さには驚かされる。

駅の食堂でうどんがおいしそうだったので、ごぼう天うどんを食べて、予定通り13:09のにちりん9号で宮崎に向かう。


今回の旅行では、JTBで初めて「トレン太くん」を利用して手配してもらった。JRとレンタカーを利用する場合、乗車券が20%、特急券が10%割引になるためお得なのだ。

宮崎駅できりしま13号に乗り換え、16:30に予定通り鹿児島中央駅に到着した。
 
〈予想通り特急にちりん自由席はガラガラ〉
   
 
〈鹿児島中央駅前の「若き薩摩の群像」 幕末国禁を破って英国に留学した若者たちの像と鹿児島中央駅〉 
   
 鹿児島中央

 高千穂ではホテル四季見という名の旅館に宿泊し、おいしい食事も目いっぱい食べたので、鹿児島ではビジネスホテルに泊まることにする。ネットでいろいろ検討した結果、市電天文館駅から徒歩1分のところにある「チサンイン鹿児島」を予約した。

鹿児島中央駅から市電で10分程度で南九州一の繁華街という「天文館」に着いた。天文館という地名は、江戸時代この地に薩摩藩の天文観測所「明時館」があったことに由来するのだそうだ。


チェックインの際に思いがけず、5軒のラーメン屋さんから選べるクーポンとローソンの爽健美茶引換券をもらった。部屋は広くてきれいだし、フロントの対応も気持ちいい。鹿児島観光にはお勧めのホテルだ。

さっそく街に繰り出し、無料の鹿児島ラーメンで夕食を済ませ、鹿児島中央駅まで散策することにする。
 
〈さっそく市電で天文館へ〉
   

〈街中にはこのような像があちこちに〉
 
〈幕末における薩摩の自負を感じる〉
   
  
〈ひときわ大きい大久保利通像〉
   
 
   
  天文館からぶらぶらと鹿児島中央駅までのおよそ1.5kmを歩き、駅ビルの店をひやかす。
先ほどラーメンを食べておなか一杯になってしまった。地元の居酒屋でさつま揚げと薩摩焼酎でいっぱいと思っていたが
たくさんさつま揚げの店があったので、買って帰ってホテルで一杯やることにする。
 
   
3日目 桜島〜維新ふるさと館〜城山

 はっきり言って、鹿児島がこんなにいいところだったは思っていなかった。
最近九州新幹線が開通したからよけいにぎやかになったのだろうが、 適度に都会と地方都市の良さが混在して、
すごく住みやすそうだ。

鹿児島にはかつて、中学2年生の時に両親と弟と来たことがあった。今から44年も前だ。
父親が戦争末期北支から異動になり、鹿児島の内之浦に駐屯して本土決戦に備えて塹壕掘りをさせられていたらしいのだ。
その時にお世話になったKさんを訪ねようと、終戦後25年も経って連絡もせず会いに行ったのだから、
うちの父親も相当のんびりしている。

たしかこの辺りとその家を訪ねてみると、その家のおばあさんが「よく来てくれた」と父親に泣きながらむしゃぶりついた。
中学生だった僕も感動した。兵隊だった父親は地元の人に慕われていたのだと誇らしく思った。
しかし、おばあさんがしゃべっている鹿児島弁は外国語としか思えないほどさっぱりわからない。

その日は旅館に泊まれると思っていたので楽しみにしていたのだが、どうしても泊まっていけと帰してくれない。
連絡もせずにいきな訪ねて行った我々家族4人は、厚かましくもKさんの家に泊まり、薩摩料理をごちそうになった。
その時大人が飲んでいた芋焼酎がくさかったのを覚えているが、今では大好きだ。

翌日は、Kさんの息子さんが勤めておられる「内之浦宇宙空間観測所」を案内していただいた。
ロケット発射台の前で両親と弟とで写っている写真が残っている。
記憶というのは不思議なもので、こうして文章にしているとその時の景色がありありと目の前に浮かぶ。
その時の父親は現在の僕よりも年下で、その父親は17年も前に亡くなったが、そのKさん一家と岩国の実家とは
いまだに交流があるから縁とは不思議なものだ。

また、この時のことを綴った作文は国語の教師にほめられて地方雑誌に掲載された。
あの時は中学生でまだ14〜15年しか生きていなかったから、25年ぶりの再会を信じられない思いで見ていたが
この年になると、25年前のことなどついこの間のことのようだ。
   

〈ウォーターフロントパークからの桜島〉
   
桜島

 翌朝、ホテルで朝食を済ませた弥次喜多道中は、荷物をホテルに預かってもらい、鹿児島観光に出かけた。

まずは、ホテルから歩いても10分程度の桜島フェリーターミナルから桜島に渡ることにする。桜島へのフェリーは1日24時間いつでも83往復もしているのだそうだ。わずか15分で着くあたりは、宮島への連絡船と似ている。


運賃も片道150円と非常に安い。地図を見ると、鹿児島側の薩摩半島から、桜島に陸続きになっている大隅半島を経由して桜島に渡るとなると大変な距離だ。これはもうバスみたいなものだなと思った。
 
〈桜島に渡るフェリーは24時間運航している〉
   
 
〈わずか15分 150円で桜島に到着〉
   

〈ビジターセンターで見学していると桜島が噴煙を上げていると教えてくれた〉 
   

〈今年は800回以上噴火しているそうだがすぐに風で流されてしまう 見られてラッキー〉 
   
 
〈もう一度フェリーで鹿児島へ帰る レンタカーの手書きの車が異様に扁平〉
   
 
〈市電水族館前から加治屋町へ向かう 市電の線路は芝生が敷き詰めてある〉
   

〈大山巌元帥誕生地〉
 
〈加治屋町は綺羅星のごとく偉人を輩出〉
   
加治屋町

 鹿児島中央駅にほど近い加治屋町の狭い地域に、幕末から明治にかけて活躍した大物がびっくりするほどたくさん生まれ育っている。

西郷隆盛・従道兄弟、大山巌、大久保利通、黒木為驕A吉井友実、東郷平八郎などがわずか200m四方くらいの町内で生まれている。司馬遼太郎さんが歴史の奇跡というようなことを書いていたが、世界史でも例がないことだろう。


長州の松下村塾からも幕末・明治に活躍した人物を輩出したが、萩の狭い地域出身の人ばかりではない。

大山巌や西郷隆盛の生誕地を見学しながら、維新ふるさと館に向かう。
 
   
 
〈西郷隆盛生誕地 やはり鹿児島では英雄〉
   
維新ふるさと館 

 幕末の薩摩と明治維新の展示やドラマが楽しめるという「維新ふるさと館」は入館料300円。

幕末から明治にかけての歴史を映像とロボットで演出する「維新への道」が25分、薩摩藩が鎖国時代にいち早く海外に目を向け、英国へ留学生を派遣した様子を再現した「薩摩スチューデント、西へ」が20分、これを見るだけでも1時間近くかかる。


他にも展示物はいろいろあるのだが、あまりゆっくりもしていられない。ざっと見学して城山へ向かう。途中でタクシーをつかまえて城山展望台までお願いした。
 
   

〈城山展望台からの桜島〉 
   

  〈城下町 展望台の下には照国神社、市立美術館、県立図書館、歴史資料センターなどが立ち並ぶ〉
   
 
〈西郷隆盛が西南戦争で自決した西郷洞窟〉
   
 そろそろ飛行機の時間が迫っている。城山ホテルでタクシーに乗り込み、天文館までお願いする。

途中に西郷洞窟があったので、少し待ってもらい見学した。
明治維新の大功労者西郷隆盛は、何を間違ったのか最後は賊軍になりこのような小さな洞窟で自決した。
運転手さんと話をすると、やはり鹿児島では西郷さんは今でも圧倒的な人気を持ち続けているようだ。


もっと見たいところはたくさんあるのだが、鹿児島空港16:55発のANAを予約してある。 
天文館から約1時間で空港に着くようだが、乗り遅れると困るので少し早目に空港に向かうことにする。
ホテルに預かってもらった荷物を受けとり、15:15の空港行きバスに乗り込むと16:10に着いた。。

空港で子どもへのお土産を探すが、さつま揚げの店がこれでもかというくらいたくさんある。
家でさつま揚げが好きなのは弥次さんくらいのものなので、小さいさつま揚げセット、辛子明太子、
宮崎地鶏炭火焼と、鹿児島だけでなく福岡と宮崎の九州を代表するお土産も買って羽田に向かう。

すべてが予定通りに進行、無事に横浜の家に帰ってきた。
   
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