平成24年8月31日 金曜日 晴れのちにわか雨 富士登山
初めての富士山

 長い間、富士山に一度は登ってみたいと思っていた。
勤めている会社では、もう何十年も前から新入社員は恒例の富士登山があるのだが、中途でこの会社に来た弥次さんは
その機会をなかなか作れないでいたのだ。

まず第一にツアーに参加するのは嫌なこと。どうも人のペースに合わせるのが苦手なのだ。

第二に車で五合目まで行きたいこと。シーズンの土日やお盆前後の五合目までの規制により、どの登り口もずっと手前に
車を置いてバスで行くしかない。規制のない土曜日でも路上駐車の列が何キロも続いている状況だ。

第三にはミシュランに登録されてから富士山は大混雑というから、人があまりいない時期に行きたいこと。そのためには
山開きをした7月初めか、シーズン終了間際の8月末か9月最初に行かないと大渋滞に巻き込まれる可能性大だ。

〈甲州道中 韮崎宿からの富士山〉

〈東海道 原宿からの富士山〉
 そんなわがままで、今までなかなか横浜の自宅からも見える富士山には登山できないでいたのだ。

8月31日金曜日、今まで月末に休むのは気が引けていたのだが、思い切って夏休みを取り富士登山を決行することにした。
木曜日、会社から帰った弥次さんは喜多さんに「これから富士山に登ってくる」と宣言して、夜の10時に横浜の自宅を出発した。

予定では12時ころ富士宮口の五合目に到着、朝の4時ころまで車で仮眠をし、体を高地に慣れさせてから登山を始める予定だった。
そのためにぐっすり眠れるようにと途中のコンビニでビールを買って飲み干したのだった。

〈横浜の自宅付近からの富士山〉
 しかし、結局眠れなかった

ええい、こうなったら登るだけ登って頂上で休むか・・・と、歩き始めることにした。2時20分のことだった。
ちょうど満月手前の月がこうこうと照っていて、真の闇というわけではないのだが、通販で仕入れておいた
LEDのヘッドライトが大いに役に立った。

この時間でも登っている人は結構多い。それにしても事前にもう少し用意をしておかなければと反省することばかりだ。
まず、カメラを取り出してスイッチを入れても電源が入らない。電池パックを充電したまま入れてくるのを忘れたのだ。・・・バカ。
携帯電話が見当たらない。家に忘れてきたのかとあきらめて登山を始めたが、帰りに娘からの電話で着信音が車の中で聞こえる。
シートの間に挟まって見つからなかったのだ。・・・バカ。
喜多さんが持たせてくれたキャンディーの袋を車に置いたまま登山を始めてしまった。・・・バカ。

それでも、何とかなるだろうと歩き始めた。
横浜では夜中だというのに30℃もあったが五合目は14℃だ。さっそく持参した秋のアウターを着て防寒対策をする。
このころには悲惨な結末が待っていようとは思いもよらず、初めての富士登山にわくわくしていたのだった。

〈真っ暗な中にも下界の街の明かりが見える〉
御来光

 富士宮口の五合目は標高2400mだから、頂上の3776mまでは1400m足らずだ。歩く距離にして5kmくらいらしい。街道を歩いて中山道では標高800mの和田宿から1600mの和田峠を軽く歩いたし、楽勝じゃないの・・・と思っていた。

暗いがむしろかんかん照りの昼間に歩くより楽かとも思えた。六合目には3時ちょうどについた。七合目には3時45に着いた。まだまだ休むには疲れてもいないが、これがのちに大変な事態を招くことになる。

ちょうど8合目に着いたところで日の出にぶつかった。世にいう「御来光」だ。ラッキーとばかりに電池を忘れてきたデジカメの代わりに持ち合わせていたギャラクシーTABで写真を撮りまくる。だから本日の写真は今時の横長タイプだ。


〈富士宮口五合目は2,400m ここまで登ってきた〉

〈雲海の上に光が差してきた 時刻は午前5時〉

〈八合目から頂上を見る まだまだ遠い〉

〈地上は曇っているのだろうが八合目は快晴〉

〈もうすぐ御来光が拝める〉

〈八合目から上ってきた道を見下ろす〉

〈出た 御来光だ! 見られると思っていなかったので感激〉

〈一見サボテンのようだが木の門に一円玉から百円玉までびっしりと差し込んである〉

〈八合目と九合目の間を登る 空は晴天〉

〈登ってきた道を振り返る〉

〈九合目に着いた 3,460m あと少しと思いきや 時刻は午前6時〉

〈飛行機にでも乗らない限りなかなかこの風景は見られない〉

〈こんなにさわやかで眩しいのに地上では曇りで蒸し暑いのだろう〉

〈九合目からはもうすぐのような気がするのに・・・〉

〈この鳥居をくぐって頂上を目指す〉

〈九合目あたりには雪渓が残る この雪渓は横浜からも見えている〉

〈平日だけど結構若い人が登山している〉

〈九合目の後は頂上かと思ったら九合五勺があった 時刻は午前7時〉

〈このころはもうヘロヘロ ここから傾斜がさらにきつくなる〉

〈富士山は火山だということを思い出させてくれる〉

〈おいおい こんな道を登ってゆくのか〉

〈やった 頂上の鳥居が見えてきた 時刻は午前8時〉

〈頂上から下界を見下ろすが雲で何も見えない〉

〈富士山頂奥宮 頂上浅間大社〉

〈しかしここは頂上ではない もう少し歩いて剣ヶ峰3,776mに向かう〉

〈富士山の火口 大迫力〉

〈これが3,776mの剣ヶ峰 かつてドームの気象観測所があったところ〉

〈ドームは下界からでもよく見えたが、今は引退して富士吉田市の記念館に保存されている〉

〈日本最高峰剣ヶ峰3,776米と記されている〉

〈いつかこの噴火口がまた噴火する日が来るのだろうか〉

〈いま立っているところより高い場所は日本にはない〉

〈火口を一周する「お鉢めぐり」を敢行 一周3kmくらい〉

〈山頂の山小屋 冬にはいったいどうなるのだろう〉

〈少しの地震で崩れ落ちそうな岩〉

〈火口にも雪が残る〉

〈火口を一周してきた 前方に剣ヶ峰が〉

〈さあ 富士登山は終了 帰ろう 時刻は午前10時〉
 上りは5時間半くらいかかったので、下りは3時間もあれば・・・と思っていたらこれが大誤算だった。

ろくに寝ていないのに加え、ほとんど休みなく歩き通し、剣ヶ峰登山、お鉢巡りまでしてきたツケが
一気に足に来たのだった。

気が張っていたせいか、それとも一人で来て疲れを訴える連れがいないせいか、本当にほとんど休んでいない。
頂上から下り始めるとすぐに両足のすねあたりが異様に痛い。単なる筋肉痛の痛さとは全く別の痛さだ。
それでも何とかごまかしごまかし、少しずつ下ってゆく。
これは体がもうこれ以上歩かないでくれというサインを出していたのだと思う。

八合目の山小屋で撤収する荷物を積んで出発するキャタピラー車がいたので、いくらでもお礼はするから
乗せてくださいとお願いしようかと思ったが、口に出せなかった。

何とか這うようにのろのろと六合目まで降りてきたら、同世代のご婦人に声をかけられた。
「私も頑張りすぎて足を痛めたことがあるけど、やはりたっぷり休まなければダメ。」
別のご婦人は、痛み止めの「セデス」を持っているからと分けてくれた。しかし、そう簡単には痛みはひいてくれない。
六合目の茶屋でうどんを注文し、靴を脱いで休むがやはり駄目だった。

それでも、そろそろと後ろ向きに五合目の駐車場までたどり着いた。
助かった。一時は「遭難」という字が脳裏に浮かんだほどショックだった。
山で遭難するとはこういうことだろう。富士山は、道にすべてロープが張ってあるので道を間違うことはない。
しかし山で動けなくなることの恐怖をひしひしと感じた数時間だった。
八合目と七合目の間では突然の豪雨に会うし、それ以降は濃霧に包まれて視界も定かではない。

登り以上の7時間をかけて五合目の駐車場に着き、車に乗り込んでみると運転はできそうだ。
2時間で横浜の自宅にたどり着いたが、荷物も運べないほどの痛みなので、携帯で喜多さんを呼んで荷物を運んでもらい、
車を車庫に入れてもらう。それくらい一歩を歩くのが困難なほどの痛さが続いている。

明日は病院に行きレントゲンを撮ってもらおうと思い、一晩寝ると少し楽になっていた。一安心。

富士山を侮ると大変な目に合うよと、これから富士登山に挑戦しようとしている人に伝えたいと思います。
つぶれたペットボトル

 たとえばポテトチップスの袋は頂上ではパンパンにふくれるとかの話は聞いていたが、頂上で飲み干してゴミ箱はないので持ち帰った水のペットボトルが写真のように見事につぶれている。

帰りの車の中でメリメリ音がしていたが、やはりこうして物理的な変化を見てみると富士山頂がいかに我々の住んでいる平地と条件が違うかよくわかる。

地上での気圧が1000hPaなのに対して、富士山頂は650hPaで3分の2程度の気圧しかないというから、体がおかしくなっても当然だという気がしてきた。

〈頂上で飲み干して自宅まで持ち帰ったペットボトル〉
戻る
inserted by FC2 system