岩国寿司


〈五層の押しずし〉
 岩国寿司は岩国城内で食べられていたこともあり、「殿様寿司」とも言われる。地元では「角寿司」と呼ばれることも多い。

今から約380年前、岩国藩で収穫された米と蓮根に野菜を配し、近海の魚の身を入れ、保存食にするため味付けを寿司にしたものである。保存食とした理由は、山城であり、水が確保できない岩国城においての合戦に備えるためであった。

2 - 3人前ずつ一層で作られる通常の押し寿司と異なり、一度に3升から1斗入る大きな木枠の中に、サワラやアジなどの生魚の身をほぐして混ぜ込んだ酢飯の上に春菊になどの青菜、岩国名産の蓮根、椎茸、錦糸卵などをのせ、これを何層にも重ね、サンドイッチ状にして上から全身の力をかけて押す作り方である。層の区切りに芭蕉やハスの葉を用いるのが特徴的である。できあがった大きな押し寿司を一人前ずつに切り分けて供するため、一度に数十人前が出来上がることになる。錦糸卵などで彩られ、切り分けた後で海老などを後のせすることもあり、見た目はちらし寿司風であり、できあがりの見た目が鮮やかである。
ウィキペディアより抜粋

〈押した後で10cm角くらいに切り分ける〉
 という風に、ウィキペディアには書かれているが、我が家ではすし飯にサワラやアジなどの生魚をほぐして混ぜ込みはしなかった。ハスの葉も使わなかった。海に近い南岩国ではそのようにしていたのかもしれない。

うちではすし飯の上に甘辛く煮た椎茸、干ぴょう、アナゴ、甘い薄焼き卵、桜でんぶ、酢漬けにした鮗、蓮根などを使っていたように思う。みんなで手伝っていたのだろうが、角寿司作りは父親の仕事だったように記憶している。何しろ大量に作るので力が必要なのだ。小さいころは自宅に芭蕉(バナナ)の木があったので、その葉を敷いていたが、最近では食べられるチシャの葉を敷くことが多いようだ。

お祭りや、暮・正月など人が集まるときに作っていたが、あまりに大量にできるので、お祭り後の学校の弁当に入れられたことがあって、これは嫌だった。今からすれば贅沢な弁当に思えるけどね。時々京急百貨店で地方のうまいもの祭りみたいな催しで売っているのを見かけるが、一切れ700円くらいする。

〈懐かしい角寿司〉
 よそのうちのことはわからないが、多分岩国のほとんどの家にはこのようなすし桶があったのだと思う。

岩国にいるころは「岩国寿司」などという名称は聞いたこともなかった。単純に「角寿司」と言っていた。

江戸時代の人が当時「江戸時代」などといったことがないのと同じだろうと思うが、この寿司が岩国特有のもので、「白蛇」と同様に、ほかの地域にはないらしいというのは早くから聞いていた。

岩国の我が家は大家族だったし、親戚も多く、今から思えば実に大量に寿司を作っていた。この角寿司の他に「巻きずし」を数十本、いなりずしを(しかもでかい)数十個は作っていたように記憶している。

懐かしい。

〈これが岩国寿司を作るすし桶〉
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