平成25年7月16日 火曜日 曇り 大山ハイキング(阿夫利山)

〈体のなまり具合が相当なので高尾山に続き大山登山に挑戦〉
大山(阿夫利山〉

 数年ぶりに大山登山に挑戦することにした。

喜多さんも誘ってみたが自信がないという。街道歩きも50歳くらいで始めて良かったと改めて思う。人間はこの年になると数年のうちに体力がガタッと落ちてしまうのだ。

ま 一人のほうが気楽だし、平日だから駐車場もガラガラだろうと軽い気持ちで大山のふもとの公営駐車場にやってきたら、なんと満車の看板が出ている。

仕方がないからUターンしてほかの駐車場を探そうとしたら、ちょうど1台登山を終えて帰ってきた人が出そうだという。

ラッキー、ほとんど待たずに安い駐車場に車を入れて登山靴に履き替える。

〈平日だというのに駐車場は満車 運よくすぐに入れた〉

〈コマの数は踊り場の石段の数を示している〉

〈健康でなければこの辺りでくじけそう〉

〈大山の高さは1,252mと教えてくれる〉

〈神奈川県花 山百合〉

〈20年前にも子供たちと休んだ店 大山はとうふ料理が名物〉

〈大山ケーブル駅 上りはケーブルカーで〉

〈大山ケーブルカー〉

〈やはり楽ちん〉
 
〈途中の大山寺駅で下りとすれ違う〉

〈終点阿夫利神社駅〉

〈まだ中腹なのにもやがすごい〉
 
〈阿夫利神社下社への石段と売店 おばさんが呼び込みをするが誰も入らない〉

〈雲の中にいるわけだから涼しい〉

〈阿夫利神社下社〉

〈阿夫利神社下社 年配のハイキングが多い〉

〈この急な石段から本坂が始まる〉

〈クマが出てきてもおかしくない〉
 
〈夫婦杉 中にはくっついていたくない夫婦もあるだろう〉

〈十一丁目の石碑〉

〈天狗の鼻突き岩〉
 
〈十六丁目追分の碑 1716年に強力が担ぎ上げたものだという〉
 
〈富士見台 富士の絶景が見られるそうだがごらんの通り〉
 
〈二十一丁目 車をふもとに置いてなかったらヤビツ峠まで歩くのもいいけどね〉

〈もうすぐ頂上〉

〈二十八丁目で終点〉
 
〈大山頂上本社 ここはまだ1,247mさらに5m上る〉
 
〈大山山頂碑(1,251.7m)と大山山頂奥の奥の院 晴れた日には新宿の高層ビルまで見えるというが・・・〉

〈方位石〉

〈下りは雷の峰尾根経由で〉
 
〈半端な下り坂ではない 鹿の害が多いらしい 樹には防御網が〉

〈見晴台で振り返れば山頂は雲の中〉
 
〈かすかに伊勢原市街地が見えるが・・・〉

〈足を滑らせたら数十メートルまっさかさま〉
 
〈二重の滝 大山参りの最後の禊の場〉
 
〈二重の滝〉
 

〈下りはケーブルを使わずに歩いておりる 女坂に七不思議あり〉

〈でも今日は男坂を行く〉

〈上ったことはあるが下りはきつい〉

〈振り返ると上りもきつい〉
大山

 富士山のような三角形の美しい山容から、古くから庶民の山岳信仰の対象とされた(大山信仰)。信仰登山は宝暦は年間(1751〜1764)から行われ、大山講と呼ばれた。各地から通じる道は「大山道」と呼ばれた。この名は現在の国道246号の別称「大山街道」などとして残っている。江戸の庶民にとっては、大山詣と江ノ島詣のセットが娯楽の一つでもあった。古典落語の演題にも『大山詣り』がある。

山頂に阿夫利神社本社、中腹に阿夫利神社下社、大山寺が建っている。大山は別名を「阿夫利(あふり)山」、「雨降(あふ)り山」ともいい、農耕民にとっては大山および阿夫利神社は雨乞いの神として信仰を集めた。〈ウィキペディアより抜粋〉

大学時代に東京の青山街道は「おおやま街道」が変化したものだと習ったことがある。若いころのふとした記憶はなかなか忘れることがない。

〈やっとふもとに到着 こちらは女坂の登り口〉

〈きつ〜い男坂〉

〈こちらが男坂登り口 本当にきつかった〉
安全&快適なハイキングの心得

●各人の体力で十分に歩けるスケジュールを組みましょう。

●スニーカーでもかまいませんが、できれば軽登山靴の用意をしましょう。

●着替えのシャツや上着類を持ち、こまめに気温に対応できるようにしましょう。

●歩く時は、急がずゆっくりと。急な登りは歩幅を小さくして登るのが、疲れないコツ。1時間に一度は休憩をとるようにしましょう。

●ゴミは絶対に捨てず、自分で出したゴミは必ず持ち帰りましょう。また植物をとったり傷つけたりしないこと。鹿などの野生動物には、エサを与えないでください。


〈石段の踊り場は全部で27か所〉
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