〈6日目〉 平成28年9月29日(木) 金崎宿~鹿沼宿 くもり時々雨
 
 
 
ほぼ一年ぶりの日光例幣使道

 どういうわけか、仕事をリタイアしてからの方が時間はたっぷりあるはずなのに、なかなか歩き旅に出かける気にならず、前回天明宿から栃木宿を経て金崎宿まで歩いてから10か月以上経ってしまった。

いつでも行けるという気持ちの油断か、通勤せずに済むというすっかり怠惰な生活に慣れてしまったせいなのか。
「これではいかん!」と、気持ちを切り替え、残り約30kmを喜多さんと歩くことにする。

 
〈ほぼ1年ぶりに前回歩き終えた金崎駅から歩き始める〉
   
日光例幣使道の終点は、日光道中と合流する今市の追分だ。(正確には楡木宿から北は壬生通り「日光西街道」というらしいが、例幣使が通った道だから日光例幣使道でよいだろう)

調べてみると、東武下今市駅前に無料の市営駐車場がある。今回はそこに車を置かせてもらい、東武日光線で東武金崎駅まで戻り、歩き始めることにする。



台風の多い年

 今年の夏の「乗り鉄旅」は、「北海道フリーパス」を使い、まだ乗っていないJR北海道のローカス線を7日間でほぼ網羅する予定を立てていた。
 
〈日光例幣使道には立派な旧家がたくさん残る〉
   
  8月30日に羽田から新千歳空港へ飛び、苫小牧、旭川、釧路、帯広、札幌と宿泊しながら、①千歳線、②室蘭本線、③函館本線、④根室本線、⑤富良野線、⑥留萌本線、⑦石北本線、⑧釧網本線、⑨花咲線、⑩日高本線を乗りつぶすつもりだった。

特に深川から増毛への「留萌本線」は、12月4日で廃線が決まっていて、高倉健さんの「駅 STATION」の舞台でもあったので、是非乗っておきたいと思っていた。

しかし、今年も異常な台風の動きで、めったに北海道には上陸するはずのない台風が立て続けに3本も上陸して鉄路に多大な損害を与えてしまったのだ。

〈時々思い出したように「日光例幣使街道」の案内が〉
   
 
〈例幣使道の両側にはいかにも歴史を感じさせる旧家が〉
   
 早割で往復のANAも、JRの「北海道フリーパス」も、6日分の宿泊もすべてひと月前には予約するか、購入しておいたのに、ちょうど台風10号が複雑な動きを見せて、まさかのUターンのコースで岩手県に上陸、そのまま北海道にも上陸して、石北本線、釧網本線、根室本線、石勝線などに甚大な被害をもたらした。

前々日の情報では、出発日の8月30日の飛行機は全便欠航の予定だという。仕方がないので、ANAもJRも宿泊もすべてキャンセルした。

そうはいっても、ぼくのキャンセルは遊びのキャンセルだ。台風被害にあわれた皆さんは本当にお気の毒だ。亡くなった方も大勢いるし、畑の作物が全滅のところもあるらしい。
 

〈思川を越える〉
   
 そんな訳で、、北海道のローカル線乗り鉄旅はあきらめた弥次さんであったが、それにしても自然の脅威には人間は抵抗できない弱い存在なのであった。

今回歩く日光例幣使道は、終点の今市追分まで約30km。配分を考えれば15kmづつ歩ければよいのだが、途中で宿泊地に向かう電車の駅や宿泊のことも考えねばならない。

約11km先の鹿沼宿で宿を探したが見つからない。ここは鹿沼宿で1日目を終え、JR鹿沼駅からホテルのたくさんある宇都宮までJRで行き泊まるのが順当なところだろう。

 
 
〈思川に沿って旧道を歩く〉
   

〈花の盛りは過ぎているが土手には満開の彼岸花が〉 
   

〈日照時間は短いが稲の発育は良いようだ〉
 
〈十九夜などの石碑が並ぶ〉
   
金崎宿

 東武金崎駅まで東武日光線で戻り歩き始めた弥次喜多道中であるが、しばらく街道歩きから遠ざかっていたせいか、いつもなら歩き始めるとだんだん軽くなっていく足取りが重いままだ。

金崎宿から次の奈佐原宿までは4.7km、普通に歩けば1時間で着く距離であるが、街道歩きの際には歴史的遺構を見るために立ち寄ることが多いので、計画を立てるときには時速3kmで計算している。

街道歩きの難点はまず第一にトイレの問題だろう。特に女性はちょっとそこらでというわけにはいかないので、コンビニが大いに助かるのだが、必要な時に限ってなかなかないことが多い。
 
〈国道293号線の拡幅工事で集められたのだろう〉
   

〈さつき園が多い〉
 
〈鹿沼土がさつきの生育に適しているのだろうか〉
   
奈佐原宿
 
 思川を渡り、彼岸花の咲き誇る土手沿いを歩いて次の奈佐原宿に入る。先ほど十九夜碑や石仏などが集められたところがあったが、なくなって寂しいのか「馬力神」などを街道沿いの人が再建しているのを何か所も見た。

「奈佐原文楽収蔵庫」という看板があったので立ち寄ってみる。国選択無形民俗文化財、栃木県指定無形民俗文化財とある。

栃木県に現存する唯一の三人使い人形浄瑠璃で、文化年間(1804~)には一座があったとみられるそうで、明治25年に大阪文楽座の人形遣いの名人吉田国造再建されました・・・そうだ。
 
〈馬頭観音はたくさん見たが、馬力神は初めて〉
   
 
〈無形民俗文化財 奈佐原文楽の収蔵庫 栃木県で唯一の三人使い人形浄瑠璃〉
   

〈父と母より 祝15周年 なの花さん江 ほほえましい〉
 
〈奈佐原宿 やっと杉並木の痕跡らしき風景が・・・〉
   
鹿沼宿

 あまり何という歴史を感じる風景もないままに、金崎宿から楡木宿、奈佐原宿を経て鹿沼宿に入った。

本日は約11kmという距離だが、弥次喜多ともやたら足が重く感じられるのであった。やはり、日ごろの不摂生が祟っているのであろう。加えて本日は曇り時々雨という天候で、湿気も多く不快な一日であった。

途中、休める場所もあまりなかったが、昼食は鹿沼名物「にらそば」というのぼりが目についたので、蕎麦屋さんで「にらそば」を食べてみた。おいしかったが、盛りそばに湯通ししたにらがのっていただけのそばだった。
 
〈鹿沼宿に入ったところで本日の街道歩きは終了〉
   
   
   
   
   
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