〈4日目〉 平成27年11月6日 金曜日 晴れ 天明宿〜犬伏宿〜富田宿〜栃木宿
半年ぶりの例幣使街道

 本当に月日の経つのは早いもので、前回5月15日〜16日に境宿(東武伊勢崎線境駅)から天明宿(JR両毛線佐野駅)まで約33kmを歩いてから半年が過ぎた。

街道歩きは久しぶりだが、その間に旅をして宿泊したところは岩国、高知、徳島、兵庫県有馬温泉、長野県蓼科・小布施・松本美ヶ原温泉、新潟県高田市、北海道稚内・小樽、青森、山形、福島、静岡県浜松・伊東温泉と結構盛りだくさんだ。


足がなまってきているのがわかるので、喜多さんを誘って2日間で約30kmを歩くつもりだ。

〈佐野駅近くの天明宿からスタート〉
 
〈佐野百観音 台元寺〉
天明鋳物

 佐野は古くから鋳物の産地として知られ、当地で造られた美術工芸鋳物を総称して天明鋳物と云います。

 今から約1000年の昔、天慶三年に起こった平将門の乱を鎮め、唐沢城(現在唐沢山県立公園)の初代城主となった藤原秀郷公が、京から五名のすぐれた鋳物師を連れて来て、軍器等の鋳造にあたらせたのが天明鋳物の始まりと云われています。戦乱が終わって世の中が平和になると、佐野近辺(佐野庄)に住み着いた鋳物師達は、当時名工と云われた人達が先立ちとなって、日用品・仏具・湯釜の類を造りはじめたと云われています

(栗崎鋳工所HPより)

ということで、ここ天明宿は鋳物が盛んだったようだが街道沿いにはそれらしきものはみあたらない。

〈この辺りは道路整備のせいなのか古い家はほとんど残っていない〉

〈正面に米山古墳が見えてきた〉

〈真田父子が家の存続のため敵味方に分かれて戦う相談をした薬師堂〉

〈家康方と石田三成方どちらが勝っても真田家が残れるよう親子で敵味方に別れることを決断〉
 
〈薬師堂の後ろは米山古墳とあるが、どうも史跡としては怪しいらしい〉
いもフライ

 蒸かしたジャガイモを一口大に切り、小麦粉とパン粉などで作った衣につけ油で揚げた料理。

いもフライは日本全国に見られるが、群馬・栃木両県にまたがる両毛地域と、その中でもとりわけ栃木県佐野市においては常食である。串に刺してから揚げるのが一般的で、地元産のソースのを使用するなどの特徴がある。佐野市の観光協会では「佐野にしかない」としているがこれは事実ではない。一説によると、佐野市内でリヤカーの屋台を曳いて、隣接の群馬や足利に、売り歩き県外に広まったといわれている。佐野市では、いもフライをメインで扱っている店舗が約50軒と多くあり町おこしりの材料にしようとの動きもある。
(ウィキペディアより抜粋)

一度食べてみたいと思っているのだがまだ食べていない。

〈佐野にはあちこちに「いもフライ」の看板が〉
 
〈左手に採石場と思われる無残な山を発見 かたくりの里には3月下旬から4月上旬にかけてかたくりの花が咲き乱れるらしい〉
慈覚大師 円仁

 延暦13年(794)下野国都賀郡壬生町に豪族壬生氏の壬生首麻呂の子として生まれる。兄の秋主からは儒学を勧められるが早くから仏教らに心を寄せ、9歳で大慈寺に入って修行を始める。

15歳のとき、唐より最澄が帰国して比叡山延暦寺を開いたと聞くとすぐに比叡山に向かい、最澄に師事する。奈良仏教の反撃と真言密教の興隆という二重の障壁の中で天台宗の確立に立ち向かう師最澄師に忠実に仕え、学問と修行に専念して師から深く愛される。最澄が止観(法華経の注釈書)を学ばせた弟子10人のうち、師の代講を任せられるようになったのは円仁ひとりであった。

性は円満にして温雅、眉の太い人であったと言われる。浄土宗の開祖法然祖は、私淑する円仁の衣をまといながら亡くなったという。(ウィキペディアより抜粋)


〈栃木市に入った〉
 
〈最後の遣唐使として唐に渡るも苦労の連続だったらしい いずれにしても偉人だ〉

〈史跡はほとんど残っていない例幣使道をひたすら歩く〉
 
〈干し柿もめったに見ない 柿の木には収穫されない柿がたわわに実る〉
 
〈神社の境内に大銀杏があったが伐採された後に枝がでてきたようだ 放し飼いにされたヤギも発見〉
太平山

 太平山(おおひらさん)は、栃木県南部の栃木市にある山で、341メートルの小さな山だが、歴史のある山である。

山本有三が執筆した「路傍の石」の石碑がある。石碑のあるところは太平山の中でも見晴らしの良い謙信平
(けんしんだいら)で、春桜の季節には眺めの良い花見を楽しむことが出来る。太平山では太平山だんごとダシ入りのたまごやきが名物で花見をしながら食べることも楽しみの一つである(謙信平は上杉謙信が騎馬隊をここで練習させたことにちなむ史跡である)
(ウィキペディアより抜粋)

ということで、過去も現在も地元で愛されている山であるようだ。


〈大平山とは・・・〉
 あまり見どころのない例幣使道を約20km歩いてきた。久しぶりの街道歩きなので足が重い。鍛えなければこうして確実に衰えていくことを実感。

栃木県の大きな市といえばやはり宇都宮市だろうか。栃木駅は両毛線というローカル線しか通っていないから、このように歩く機会でもないとなかなか栃木市にやってくることはない。

ホテルも街道沿いにサンルートがあったのでHPで見ると2週間先まで満室だ。他にも見つからなかったので、両毛線で2つ先の小山駅のビジネスホテルを予約する。小山駅前にはビジネスホテルがたくさんあったが、栃木市にはビジネス客が泊まるほどの会社がないのかもしれない。


小山駅前の「塚田農場」で夕食を済ませ、喜多さんのリクエストでカラオケにも行き、栃木の夜を満喫したのであった。
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