〈三十四日目〉 平成22年12月5日 日曜日 晴れ 中山道最後の日 大津宿〜三条大橋
大津宿続き

 いよいよというか、とうとうというか、平成20年1月12日に江戸日本橋をスタートした「中山道を歩く旅」も今日で最終回だ。

よくも飽きずに歩いてきたものだ。
つまらない道もあったけど、特に木曽路はよかったね。また歩いてみたいね。峠もいくつも越えたね。

坂本宿と軽井沢宿の間の「碓氷峠」、下諏訪宿と塩尻宿の間の「塩尻峠」、奈良井宿と藪原宿の間の「鳥居峠」、妻籠宿と馬籠宿の間の「馬籠峠」、大井宿と大湫宿の間の「十三峠」、大湫宿と細久手宿の間の「琵琶峠」、番場宿と鳥居本宿の間の「摺針峠」、どの峠もよかったね。


今日歩く道は街中の平坦な道だけど、中山道最後の道のりだ。
すでに東海道で歩いている道だけど、3年前とはまた違った風景に出合えるだろう。

〈ホテルの部屋から 夜明けの三上山〉

〈京阪大津線 中ノ庄駅からスタート〉

〈カルピスの看板はいつからあるのだろう〉
 
〈琵琶湖 大津プリンスホテルと琵琶湖大橋〉
石坐(いわい)神社と義仲寺

 創建年代等は不詳。祭神は彦坐王(ひこいますおう)と、天智天皇、伊賀釆女宅子媛命(いがうねめやかこひめのみこと)とその子大友皇子(おおとものおうじ)(弘文天皇)、豊玉比古命、海津見神です。前四柱の神像は平安および鎌倉時代の作で、重要文化財に指定されています。

とのことなのだが、奥の建物の中では地元の老人会でもあろうか、しめ縄を作っている最中だった。

その先には、木曽義仲の墓がある義仲寺がある。
義仲寺は前回立ち寄ったので、今回はパスするが、芭蕉は遺言により、木曽義仲の隣に葬られている。詳しくは、東海道の大津宿をご覧ください。

〈石坐(いわい)神社〉

〈木曽義仲の義仲寺 芭蕉の墓もある 木曾殿と背中合わせの寒さかな 又玄

〈義仲寺を過ぎてほぼまっすぐの道をゆく〉

〈西方寺ではテレホン法話を行っている〉
 
〈滋賀県庁は立派な建物だ〉

〈露国皇太子遭難地の碑〉

〈遭難地碑の説明がひっそりと〉
露国皇太子遭難地

 東海道を歩いた時に書いた、ロシア皇太子が巡査津田三蔵に切りつけられた場所に再び着いた。明治24年(1891)のことで、いまから120年前の事件だ。

ちょうどNHKでは、司馬遼太郎の「坂の上の雲第2部」が始まったところで、この場面も再現していた。

のちのニコライ2世は日本と戦争をして負けるなどと、それこそ夢にも思わなかったことだろう。今も、ロシアとの北方領土をめぐる経緯を見ていると、ロシアの膨張主義は昔と変わっていないのだろうと感じる。

〈珍しいアールのついた格子窓〉
【三井寺へ寄り道】

〈三井寺 仁王門〉
三井寺(みいでら)

 天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)の総本山である三井寺(みいでら)は正式名称を長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といいます。滋賀県大津市、琵琶湖南西の長等山中腹に広大な敷地を有しています。
また、湖国近江の名勝、近江八景の一つ「三井の晩鐘」でも知られています。

とのことで、喜多さんがどうしても「三井寺」に行きたいというものだから、一時中山道歩き旅を中断して、タクシーで三井寺に向かう。前回、鮒ずしを買った「阪本屋」あたりから三井寺までは570円程度だったので、基本料金で行ける距離だ。

〈金堂へ向かう道に紅葉が映える〉

〈国宝 金堂〉
 三井寺という名前はすごく有名だから、小学生のころから知っていたと思うが、訪れたのは初めてだ。

境内はびっくりするほど広い。鎌倉にもお寺はたくさんあるが、さすがに京都・大津は都のあったところで、鎌倉時代など最近のことのような錯覚に陥る。

何しろ672年、壬申の乱に端を発する近江大津京ゆかりの寺なのだそうだ。

〈金堂の石段から仁王門を振り返る〉

〈国宝 金堂へ参拝 中には国宝級のお宝がいっぱい〉

〈近江八景の一つ 三井の晩鐘〉

〈弁慶の引摺鐘・大鍋 説明板〉

〈これが弁慶が引きずった跡が残るという釣鐘〉

〈弁慶が汁を作って飲んだという大鍋〉
  
〈唐院大師堂と三重塔 いづれも重要文化財〉
 
〈唐院から微妙寺へ向かう〉
 
〈観音堂は紅葉が見ごろ〉
三井寺から琵琶湖を見下ろす

 観音堂の石段を上がると、展望台からは琵琶湖が一望できる。

このような場所から琵琶湖を見たことなどなかったが、これは湖の広さではない。
やはり海だ。対岸の陸地が見えないではないか。


時間があればもっとゆっくり見学したかったのだが、先を歩かねばならない。早々に切り上げてタクシーで鮒ずしの「阪本屋」まで戻ることにする。

〈観音堂から琵琶湖を見下ろす〉
 
〈12月だというのに紅葉が見られてよかった〉

〈道路の真ん中を走る京阪電車〉

〈もうすぐかねよで鰻が食べられる〉

〈逢坂の関手前の踏切〉

〈目の前には阪神高速が〉
 
〈蝉丸神社の鳥居は折れたままだった〉

〈弘法大師堂 前回も同じ場所から撮った〉

〈峠は近い〉
 
〈逢坂山関址碑 実は逢坂の関の場所は特定されていないのだそうだ〉
かねよ

 前回は食事時でもなかったため「かねよ」という、うなぎ屋さんがあるのは知っていたが横目で見て通り過ぎた。

今回は、是非名物の「きんし丼」を食べてみたいと思って、ここまでお腹をすかせてやってきた。レストランと座敷と選べるそうで、座敷で食べるとサービス料が10%加算されるのだそうだ。

喜多さんは座敷でゆっくりしたいというから、では・・・と座敷に案内してもらうことにする。

〈日本一うなぎ かねよ〉

〈個室の座敷から庭を眺める〉

〈個室なので遠慮がなくていい 寝そべってみた〉
 
〈これが分厚いだし巻き卵が乗っているきんし丼 箸置きもうなぎ〉
きんし丼

 きんし丼が名物だというから、上を二つ注文し待つことしばし。やってきたのは、暑さ3cm程に分厚く焼いただし巻き卵の乗ったうな丼であった。

だし巻き卵をよけてみると、うなぎはちょっと寂しいくらいご飯が見えている。たまご好きにはいいだろうが、うなぎ好きにはちょっと物足らないのでは?


「かねよ」の先には、元祖走井餅本家の碑があった。前回はこの道を通らなかったものだから見逃していた。三井寺の売店で「走井餅」を売っていたから買ってみたが、江戸時代の餅はもっと豪快であったろうと思う。

〈次から次へとお客さんが来る〉

〈元祖走井餅本家の碑〉

〈三井寺で売っていた走井餅〉
 
〈枕草子にも登場する走井の泉 月心寺 詳しくは東海道で〉
 追分の交番を左の旧道に入ると、見覚えのある標識が。
もうすぐ滋賀県大津市から京都市に入る。

車石(江戸時代のレール)

 江戸時代、逢坂山の峠道には大津八丁から京・三条大橋までの間には「車石」というものが敷かれていました。花崗岩に車の轍(車輪を通すための溝)を掘り、二列に並べた車石が、大津から京都の三条にかけての約3里(12キロ)に敷き連ねられ、荷車が峠を越える手助けとなりました。
鉄道が引かれるまで琵琶湖は、北海、北陸からの海産物や米等を京都へ運ぶ重要な水運でした。それら多くの物資は、大津港から馬車、牛車により逢坂山、九条山を越えて京都へ運ばれて行きました。しかしながら逢坂山は、大津側に逢坂峠、京都側に日ノ岡峠があり、通行の難所でした。そこで、文化2年(1805)京都の心学者脇坂義堂が一万両の工費を投じて工事にあたったもので、これによって牛車などによる荷物の運搬が円滑に進むようになったのです。

〈追分の交番を左の道へ〉

〈京都市と大津市の境〉

〈車石〉
 
〈国道1号線を越えていよいよ京都市へ入る〉

〈六地蔵 年配の女性がそれぞれにお菓子をあげていた〉

〈旧東海道碑のある道をゆく〉

〈家々には黄色いだっこちゃん〉

〈右三条通り〉
 
〈町を活性化するのならもう少し考えた方が・・・〉
 
〈天智天皇陵入口から左の細い道へ〉

〈粟田口へ続く道を上る〉

〈きれいな木の実が〉
 
〈亀水 このカメには耳がある〉
 
〈日ノ岡の細い道をゆく〉
 
〈車石のモニュメント 歩いてきたのは右の細い道〉
粟田口刑場跡

 江戸時代、京都には東と西に刑場があった。ここが東の刑場跡と思われる。

刑場跡には南無阿弥陀佛の石塔がある。昭和7年に国道が作られた際に多数の骨が発掘され,罪人の回向のために建立されたものだという。

江戸時代には毎年12月20日が六角獄舎囚人が「果ての20日」とよばれ死刑執行の日だった。六角獄舎から引き出された囚人は洛中を引き回され一条戻り橋で仏花と餅屋から華束餅(けそくもち)が与えられ「今度生まれてくる時は真人間に」と申し渡された。

寺町高辻・浄国寺で十回念仏が授けられ(十念ヶ辻)西刑場と東刑場別れて斬首されたという。


〈粟田口刑場跡〉
 前回ここを通った時にも一種異様な雰囲気が漂っていた。HPで調べると15,000人以上の人が処刑されたと書いてあるが本当だろうか。

中には冤罪で処刑された人もたくさんいるだろう。
南無阿弥陀仏・・・

目の前の道路標識には弥次喜多道中の終点「三条大橋」の文字が見えてきた。

〈道路標識に三条大橋が〉
 
〈蹴上浄水場のレンガ塀に沿ってゆく その先はウェスティン都ホテル〉
 
〈高山彦九郎の皇居遥拝像を再び見る〉
 
〈ついに二度目の三条大橋に到着〉

〈三条大橋のたもとの弥次喜多像〉

〈河原からの三条大橋〉
 平成20年1月にスタートした中山道を歩く旅が終了した。一抹の寂しさと、少しの達成感。
喜多さんがあんみつを食べたいと言い始めたものだから、この後もさんざん歩いて店を探したけどどこにもなかった。

次は、甲州道中を下諏訪まで頑張るぞ!!
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甲州道中へ
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