〈八日目〉 平成23年1月9日 日曜日 晴れ 鳥沢宿〜猿橋宿〜大月宿
【第22次 鳥沢宿】
久しぶりの甲州道中

 改めて街道歩きのHPを見直してみると、甲州道中を鳥沢宿まで歩いたのは、去年の3月20日のことだった。
その10か月の間に、中山道大井宿から京都三条大橋まで歩いたが、この甲州道中は10カ月ぶりの道となる。


今回の道中へは電車で行こうか、それとも車にしようかぎりぎりまで悩んだが、安易な車の方を選ぶ。朝8時頃横浜の家を出発した弥次喜多道中は、東名と富士五湖道路経由で、予定通り2時間後の10時過ぎには大月駅に到着。大月駅に車を置いて、鳥沢駅まで電車で戻るつもりだ。

しかし、初っ端から大誤算。駅近くの駐車場は事前に調べてあったが、なんと満車で入れない。仕方がないから、近くの空き地に置かせてもらった。
そんなことで時間をとられて、駅に着いたら電車は出たばかりで30分待ちだ。

〈前回終了した鳥沢駅からスタート〉

〈甲州街道沿いにはこの地方独特の作りの家が残る〉

〈しばらくは国道20号線が旧甲州道中〉
 この鳥沢宿は22番目の宿となるが、街道沿いにはこれと言った史跡は残っていない。

鳥沢駅に着いて歩き始めたのは、もう11時を過ぎたころだ。

国道20号線を左にしばらくは歩くが、三栄工業株式会社の看板から右に上っていく道が旧甲州道中だ。

〈歩道に埋め込まれたプレート〉

〈目の前の山は百蔵山〉

〈国道から旧甲州道中に入る〉
 このあたりは、見るべき史跡もないようだし、古い町並みが保存されているわけでもない。国道20号線を歩くしかないところが多いが、これはこれで仕方ない。

しかし、今日の天気はどうしたことか3月中旬の陽気だという。桜の咲く頃の気温だとラジオで言っていた。

甲州路の厳寒を思ってたくさん着こんで来たのだが、少し歩くと汗ばむくらいだ。


街道の脇の家の前には、小屋に閉じ込められた猫が2匹恨めしそうにこちらを見つめていた。猫がこのようなかごに入れられているのは珍しいけど、飼い主はなにを思ってこのような仕打ちをしているのか。

〈蔵のある甲州道中をゆく〉

〈かごの中の猫1〉

〈かごの中の猫2〉
 史跡や資料館などはないのだが、歩いていると面白いものに出会うこともある。

桂川(下流では相模川になる)とは別に、トンネルや橋がある水路があったが、そこから流れる水の跡はまるで何かを悲しむ顔のようだ。

〈このような旧道も残っている〉

〈ウルトラマンファミリーで飾られた家〉

〈僕は悲しい・・・〉
 中山道の木曽路もそうであったが、このあたりも平地が少なくて山と川の間を縫うように国道20号線が走っている。旧甲州道中もところどころに残されているが、ほとんどのところでは、旧道を拡幅したのだろう。

国道の脇に常夜灯が残っているが、道路のすぐ右は崖だし、左側は川に落ち込んでいる。江戸時代にこの街道を旅した旅人は、川に落ちないよう十分気をつけて歩いたことだろう。

〈常夜灯も残る〉

〈旧道は右の道へ〉

〈日本三奇橋 猿橋の文字が〉
【第23次 猿橋宿】
 
〈ついに猿橋に到着〉

〈猿橋を下から見上げる〉

〈上の赤い橋は国道20号線の新猿橋、下は八ツ沢発電所一号水路橋〉
 
〈猿橋は刎橋(はねばし)構造になっている〉
 
〈こうして見るとなんてことない橋に見えるが・・・〉
猿橋

 猿橋は、桂川(下流では相模川)の両岸が崖となってそそりたち、幅が狭まる地点にある。こうした条件では吊り橋が用いられるのが普通だが、江戸時代の日本にはもう一つ、刎橋(はねばし)という方式があった。

刎橋では、岸の岩盤に穴を開けて刎ね木を斜めに差込み、中空に突き出させる。その上に同様の刎ね木を突き出し、下の刎ね木に支えさせる。支えを受けた分、上の刎ね木は下のものより少しだけ長く出す。これを何本も重ねて、中空に向けて遠く刎ねだしていく。これを足場に上部構造を組み上げ、板を敷いて橋にするのだが、これは岩国の錦帯橋も似たような築橋方法だ。

違うところは、猿橋では斜めに出た刎ね木や横の柱の上に屋根を付けて雨による腐食から保護したことだろう。


〈木を腐食から守るため屋根をつけた〉
日本三奇橋

 猿橋は、「えんきょう」ともいい、「岩国の錦帯橋」とともにわが国の三奇橋の一つと言われるが、残りの一つは「木曾のかけ橋」とも「祖谷のかずら橋」とも言われたらしい。

無理やり三つのくくりにしたかったようだが、岩国の錦帯橋だけはスケールが違う。田舎では毎日当たり前のように通り過ぎていたから、これがそんなに大層な建築物だという意識もなかったが、改めて見るとこれは世界に誇る建築物だ。だから三奇橋ではなく、三名橋という。

猿橋は、伝説では推古天皇の時代に来日した、百済僧志羅呼(しらこ)がサルが何匹もつながって川を渡るのを見て、この架橋法を思い付いたという。


〈猿橋からはさらに国道を歩く〉
 
〈国道から右の旧道へ降りてゆく〉

〈動物病院の窓からはキリンの首が〉

〈今日は暖かいが雪が多いのだろう 雪吊が〉
 今日は暖かくて汗ばむくらいの陽気になったが、夜は冷え込むのだろう。歩いてきた道の溝には厚い氷がびっしりと張っている。

家々の松にも、雪の重みで枝が折れないよう雪吊が施されている。そういえば、我が家の松の木も10数年前に、雪の重みで三段あった枝の一番上が折れたことがあった。

暮れから正月にかけては東北から山陰地方では記録的な大雪で車が何百台も立ち往生したニュースが流れていた。

その中で感動したニュースがあった。広島に本社がある「ポプラ」というコンビニのおにぎり工場で、雪で配達ができないから、本社の了解を得て立ち往生した車の人におにぎりを無料で配ったといいニュースだ。他にも沿道の人が飲み物や食べ物やトイレを提供したということだが、久しぶりに嬉しいニュースを聞いた気がした。

〈東京電力 駒橋水力発電所〉
 
〈名もない滝が中央本線の下に〉
【第24次 大月宿】
 
〈大月駅前の岩殿城址と大月駅舎〉
 タイガーマスクの伊達直人名で、施設にランドセルやお年玉を贈った人の話題も心温まるニュースだ。

このところ、中国といい、ロシアといい、北朝鮮といい、民主党といい、ろくなニュースがなかった。

弥次さんも、子どもに手がかからなくなってきたので、少し伊達直人の真似事でもしてみようか。

〈三丁目の夕日に出てきそうな店〉
 予定では、大月宿の次の花咲宿を経由して初狩宿まで歩く予定だったのだが、スタートが遅くなったので、大月宿でもう2時になっている。

このまま歩けば、初狩駅に着くころには暗くなっているだろう。軟弱な弥次喜多道中は予定を簡単に変更して、今日のところは帰ることに決めた。

猿橋で農協の野菜直売所があったので、そこに立ち寄り、キウイや白菜・ねぎ・ほうれん草などを買ってから帰ることにする。

それにしても本日歩いた距離約8km。
次回は電車で来て、ちゃんと歩こうと決意する。


帰ってから体重を計ると、歩き始める前より1kg以上増えていた。

〈富士急行駅には富士山展望列車が〉
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