〈第十四日目〉 平成23年11月27日 日曜日 晴れのち曇り 穴山~長坂
甲府へ一泊

 昨日は、間一髪穴山駅で電車に飛び乗って、甲府駅まで戻ってきた。
中山道を歩いた時の中央線の各駅停車の少なさを実感していながら、歩き旅はなかなか予定通りには進まない。

ゆうべは駅前の東横インにチェックインして、さっそく晩御飯を食べに出かけた。

〈昨夜泊まった甲府駅前東横イン〉
ちょうちん横丁

 まず、ホテルのすぐ隣の居酒屋で鍋料理を食べた後、勢いで「ちょうちん横丁」のお酒も料理も全品300円という「鳥金」という店に入ってみた。

働き者の老夫婦でやっている、地元のおじさんばかりが集まる安くてうまい店だった。このちょうちん横丁は、店の数がそんなに多いわけではない。

甲州名物一升瓶ワインと、さくらもつ、手作り餃子など地元っぽいものを注文する。

相席になった地元のおじさんは、ひとりでさみしそうだったが、それでもさんざん飲んで食べて2,500円を払って帰って行った。

〈ちょうちん横丁〉

〈甲府駅前 武田信玄像〉
穴山駅

 朝はホテルで朝食を食べた後8時前に出発。

今日改めて穴山駅に戻ってきて、この駅が七里岩のてっぺんを走っていることを実感する。

下の写真が穴山駅だが、こうしてみると駅の向こうは平地のような気がする。向こうに見える山との間に幅数百メートルの谷が広がっているとは思えない。

そうして、その谷間に釜無川が流れ、国道20号線が走り、旧甲州道中が通っているのだ。

〈穴山駅へ戻ってきた〉

〈七里岩の上の穴山駅〉

〈能見城跡〉

〈穴山氏は武田一族〉

〈穴山駅の向こうには八ヶ岳が〉
 
〈昨日歩いて登った道を今日は下ってゆく 入戸野橋を渡った先が旧甲州道中〉

〈入戸野橋から見る早朝の富士山 美しい〉

〈ズームしてみた〉

〈釜無川と富士山〉

〈歩いてきた道を振り返る あの丘のてっぺんを中央本線は通っている〉
穴山駅から七里岩を下り、国道20号線を横切り、入戸野橋を渡る。入戸野橋から東を見れば、朝の澄んだ空気に富士山が見事な姿を見せている。

さらに西をみれば、雄大な八ヶ岳連峰が。

こんな贅沢な景色はそうそうあるのもではないだろう。

〈古タイヤの雪だるま〉

〈ごみを燃やす親子と富士山〉

〈富士山は絵になるね〉

〈かかしの里のモニュメントと富士山〉

〈田園風景の富士山〉

〈しつこいようだがあまりに美しいのでいくらでも撮ってしまう〉

〈これは昨日撮った徳島堰〉

〈徳島堰由来〉
 
〈徳島翁の墓のある妙浄寺への道〉

〈徳島兵左衛門をたたえる石碑〉

〈妙浄寺縁起〉

〈徳島兵左衛門夫婦の墓〉


〈時代を感じさせる看板〉

〈独特の造りの古民家〉

〈甲州道中 上円井をゆく〉
 
〈内藤家 格子戸から除くと中は広い庭 明治天皇御小休所碑が〉
無人野菜直売所

 歩いているときに、このような激安の無人野菜直売所に出会うと、車でないことが悔やまれることが多い。

車で走っていると気づかないで通り過ぎるのだが、まさかリュックに白菜や長ネギをしょって、これから10数キロを歩くわけにもいかない。

白菜は2個で150円だし、長ネギはこんなにたくさん入って100円だ。普段野菜を買うことのない弥次さんだって安いのはわかる。かごにある「かりん」に至っては、どうぞご自由にお持ちくださいと書いてある。

仕方がないので、見るだけで通り過ぎる。

〈野菜が安い〉
 
〈小武川にかかる小武川橋を渡る〉

〈七里岩のふもとに家が並ぶ〉

〈武川村米の里 農産物直売センター〉

〈この辺りは武川米で有名なのだそうだ〉
 
〈大武川にかかる大武川橋は改装中〉

〈下三吹集落をゆく〉

〈下三吹集落はのどかな風景が続く〉

〈万休院の舞鶴松を見に行くことに〉

〈近道をして山道に入る〉
 

〈在りし日の舞鶴松〉
万休院舞鶴松

 総枝まわり74m、根本の周囲4mの巨木で樹齢は約450年といわれています。鶴が舞う姿に似ているところから舞鶴松と名付けられ、
国の天然記念物に指定されています。
・・・

ということなのだが、松くい虫で2007年に枯れてしまったのだそうだ。残念・・・。

わざわざ街道を外れて見に寄ったのだが、今は3代目の松が400年後にはこのようになろうと頑張っている。
 
〈2011年 3代目の松〉

〈舞鶴松の説明板〉

〈松くい虫被害で切られた松の休憩所〉
火の見やぐら

 東海道でも、中山道でも、火の見やぐらを見かけたことはあるが、この牧原から台ケ原宿にかけての火の見やぐらの多さには、ちょっとびっくりする。

数百メートルごとに必ずある。そんなに火事が多かったのだろうか。それともこの辺りは、水害が多かったのだろうか。netで探してみたが答えが見つからない。

御存じの方があれば教えてください。

〈火の見やぐらA〉

〈火の見やぐらB〉

〈火の見やぐらC これはほんの一部〉

〈上三吹集落 このあたりで地元のおじさんに昨日韮崎で見かけたと声をかけられた〉

〈護美大明神 ごみを捨てないように地元の人が作ったのだろう〉

〈尾白川橋を渡る〉

〈七里塚跡〉
はらじみち

 この「はらぢみち」は、五街道の甲州街道以前の古道であるらしい。この先の道標のわきにある案内板には以下のように書いてある。

 ここの道を古道という。古府中より穴山、日野を経て台ヶ原村へ通じる道で、後に「はらぢみち」ともいわれていた昔日の主要道路である。

 甲州道中の開設により台ヶ原村への入口でもあったので、江戸時代には交通の足である馬の四魔を承伏し、交通の安全を祈願して建てられた馬頭観世音の側面に道しるべとして「右かうふみち」「左はらぢ道」と記されている。

 甲州台ヶ原宿に現存する唯一の道標である。

 平成十七年三月吉日 台ヶ原区


〈甲州古道 はらぢみち入口〉
 
〈甲州古道をゆく 右:はらぢみちの道標〉

〈甲州古道をゆく〉

〈ぶどう畑を抜けると尾白川の土手の道になる〉
 
〈尾白川沿いの甲州古道〉
庚申塔と馬頭観世音
 

 庚申とは、干支(えと)の庚と申が結びついた六十年に一度回ってくる日や年のことである。庚申の夜は、眠ると人の体の中の三尸(さんし)という虫が抜け出して、天の神の所に行って悪口を告げるので、その日は「守庚申」といって身を謹んで一夜を送る。・・・というもので、中山道特に信州では盛んに見られた庚申塔だ。

 馬頭観音は馬の守り神であり、石仏として地蔵、庚申とともに親しまれてきた石造物で、馬頭観世音の字だけを彫ったものと馬の頭に冠をつけた馬頭観世音がある。馬は、古来より労働力として農耕、運搬、乗用等に重用されていたので、馬の供養と無病息災の祈願をこめて建立されていた。馬の頭上の冠は、生死の大海を渡った四魔を承伏する大威力や精神力、無明の重障を食い尽くすとの意味がある。

 


〈庚申塔と馬頭観世音〉
 
〈台ケ原宿に入ってきた 久々の宿場らしい雰囲気〉

〈立場跡近くの立派な塀と松〉

〈年代物の杉玉が吊るしてあった〉

〈本陣跡と秋葉常夜灯〉
   
七賢

 竹林の七賢人からとった「七賢」というお酒の醸造元山梨名醸株式会社だ。リュックに昨日買ったワインが入っていなければ一本購入したいところだが、これ以上重くなるのは勘弁してほしい。

試飲もできるようだが、お酒が強くない弥次さんは昼間から飲んだら歩けなくなってしまうから、立ち寄るのはパスすることにする。

隣には、七賢直営レストラン「䑓眠(だいみん)」があり、繁盛しているようだったが、お腹もすいていないのでやはりパス。


〈また火の見やぐらが〉
 
〈山梨銘醸 酒の七賢〉

〈明治天皇菅原行在所碑〉

〈大きなこけしが・・・ みやじ屋商店〉

〈地震の時には近づかないように〉
お茶壺道中と当社の由来

 お茶壺道中は、江戸幕府三代将軍家光の寛永十年から毎年四月中旬、京都の宇治に採茶使を派遣して、将軍家御用達の新茶を茶壷に納封して、江戸城へ運んだ行列である。行列の往路は東海道であったが、帰路は中仙道を経て甲州街道へ入り、谷村勝山城の茶壷蔵に収蔵して、熟成後の秋に江戸城に搬入されていた。このお茶壺行列は権威が高く、御三家の大名行列さえも道を譲らねばならないほど格式の高い行列であった。

とのことで、「生類憐みの令」に通じる江戸時代のばかばかしさを感じるが、そのお茶壺道中がこの田中神社に宿泊したのだそうだ。

〈お茶壺道中が泊まった田中神社〉

〈新しい台ケ原宿道標〉

〈ジャズ喫茶店があった 珍しいけど通り過ぎる〉
 
〈つる屋旅館の昔と今 古い建物は使われていないようだ〉

〈タイミングが合えば泊まりたかったが半端な位置にある〉
台ケ原宿

 韮崎宿は、ほとんど旧道の史跡らしいものは残っていなかったが、この台ケ原宿は久しぶりに旧道の雰囲気を味わえる宿場だ。

造り酒屋もあるし、旅館もある。時間があればまたゆっくりと訪れたい宿場だ。

それにしても、相変わらず火の見やぐらが多い。

〈またもや火の見やぐら〉

〈白州はサントリーの高級ブランド〉

〈七里岩に向かって下ってゆく〉

〈ぶどう畑の中の鳥居〉

〈あまり高くない火の見やぐら〉

〈このようにくねる旧道が好きだ〉
 
〈甲斐駒ケ岳にもうすぐ日が落ちる〉
 
〈やはり火の見やぐら〉
本日の終点 サントリー製樽工場

 もう5~6km歩ければ小淵沢駅まで近いのだが、現在3時くらいなのであと1時間もすれば暗くなってくる。この辺りは、山が迫っているので日が暮れるのが早いのだ。

仕方がないので、地元のタクシーを呼んで「長坂駅」までお願いすることにする。待つこと15分くらいでやってきたタクシーに乗り込んで、中央本線長坂駅まで20分、3,240円の出費だ。
15時20分の電車にぎりぎり飛び乗って、甲府からまた「はまかいじ」で横浜まで直通で帰る。楽ちん。

地図でサントリーの工場があることは知っていたが、ウィスキーの樽を作っている工場だった。次回はここからスタートする。

〈渇川橋を渡る〉
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