〈二十五日目〉 平成19年 12月22日 土曜日 雨 亀山宿〜関宿

〈亀山・雪晴 江戸より46番目の宿〉
広重の絵にもある亀山城


 一ヶ月ぶりに亀山宿にやってきた。

前回、亀山宿にたどり着いたときには一人だったが、今回は喜多さんが一緒だ。

この3連休を逃すと、今度は正月か2月まで3連休はない。

何とか晴れてくれることを祈って東海道歩きの旅に出てきた。

〈亀山城〉
 ・・・・・が、無情にも亀山駅に着いたとたんに、雨は本格的なふりになってきた。

喜多さんが、それを見越してレインコートやリュックカバーを用意していたので、ずいぶんと助かった。

〈亀山城石垣〉
 今日は、朝5時半に横浜の家を出て、青春18キップで亀山までやってきた。
亀山駅に着いたのは午後1時20分ころだ。
約8時間のローカル線の旅をしてきたことになる。

駅から数百メートル歩き、一月ぶりに旧東海道に復帰する。

あいにくの雨ではあるが、亀山城や亀山神社を見学して東海道歩きをはじめる。
前回は、この亀山宿の石碑の前で終了したので、ここが今日の出発点になる。

〈亀山宿石碑〉
 このあたりの家々には、このような屋号が表示してある。
町ぐるみで東海道を盛り上げようとしているのがよくわかる。

家並みもコンクリートつくりの無粋な家などなく、舗装してある道路と電線さえなければ、本当に美しい町なのにと思う。

〈家々に屋号跡が表示してある〉
派手な道路

 亀山の通りは写真のように黄色く舗装されていた。
何か意味があるのだろうか。
しかも、道の両側は赤く舗装してある。

車を運転する立場からすれば、はみ出さずに済むかもしれないが、何とも派手な道路だ。

でも、家並みは高層ビルがないので圧迫感がない。


〈亀山の派手な道路〉
 京口門跡のあたりに不思議な光景があった。
ちょうど紅葉の時期で、まだ枝に残っている紅葉と、地面に落ちている紅葉が美しい。

ひとつひとつが屋根のあるお堂のようになっているが、これはお墓なのだろうか。

〈紅葉がきれい〉
 この亀山宿は、わりと江戸時代を意識している宿場みたいで、このような弥次さん喜多さんも道中の雰囲気を盛り上げている。

しかし、せっかくこうして、はるばる横浜から三重県亀山まで歩きに来ているというのに、雨は降り止まない。


〈亀山宿の弥次喜多〉
 途中に地元のコンビニがあったので、たけの長いレインコートでもないかと思って寄ってみたが置いていないようだ。

地元の人は、雨の日にこんな道を歩くわけがない。


〈土蔵の家〉
鈴鹿川

 鈴鹿川に再び出合う。
このあたりは民家もほとんどなく、晴れていれば本当に気持ちよく歩けたのに・・・と、愚痴の一つも出てくる。

近場ならば、天気が悪ければ日を改めるのだが、今回はホテルを2泊予約している。
そう簡単には、キャンセルできないのだ。

〈鈴鹿川のほとりで〉
 雨に煙った向こうに鈴鹿山が見える。

今日は関宿の関ロッジに泊まって、明日はあの山を越えるのだ。
日本橋を出立して、ちょうど1年が過ぎ去った。

1年前は、この鈴鹿山脈を歩くことなど想像できただろうか。
ただ、西に向かって歩きはじめただけだった。
東海道がどの県のどの市を通っているかも知らなかった。

〈雨に煙る鈴鹿山〉
野村一里塚

 この野村一里塚は、三重県内に残された唯一の一里塚で、国の史跡に指定されている。
大きな木は椋の木で、幹まわり5メートル、高さは20メートルもあるという。

一里塚に椋の木が植えてあるのは、全国でもここだけらしい。
日本橋から数えて105番目の一里塚で、ということは約410kmを歩いてきたことになる。

〈野村一里塚〉
【第47次 関宿 国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、地区内の7割は戦前の建物】

〈関・本陣早立 江戸より47番目の宿〉
 関宿に入った。

この関宿は、どのガイドにも江戸時代が残る素晴らしい宿だと書いてある。
電線も地中に生め、銀行までもが江戸時代をしているという。

長い間、この宿を歩くのを楽しみにしていた。

〈関宿入り口〉

〈伊勢神宮への追分〉
関の戸

〈370年続く関の戸〉

〈関・関の戸〉
    
〈江戸側のひらがな看板〉                                  

〈京側の漢字看板〉
 

〈関の戸の店の中〉
 
〈後日訪れた時撮らせてもらった〉
   
 
   
 
   
 「関の戸」は、この関宿に370年続く有名な和菓子屋さんだ。
薄皮饅頭に砂糖をまぶした上品な味の和菓子で、ちょうどこの容器は看板が江戸側と京側で違うのを再現している。

「関の戸」の看板は江戸側からみれば、「の」の字がひらがなで、京側から見れば漢字の「能」が使ってある。
旅人に方向がわかるようにということらしいが、どうもこじつけのような気がする。

この「関の戸」の店に、お菓子を買うために入ったら、ちょうど同年輩のご主人らしき人が出てこられた。
「何年続いてるんですか。」
「370年になります。」
「へー、ご主人で何代目ですか。」
「19代目です。」
と、いうようなやり取りがあって、本日のおやつとお土産用に2箱購入した。

赤坂宿の旅籠「大橋屋」のご主人も19代目だといっていた。
370年で19代だということは、約20歳で一世代ということになる。

徳川の世になって、いくさもなくなり、太平の世になったからこそ、こうして何代も続く老舗が残るようになったのだろう。

弥次さんの岩国の実家にも『家の鏡』と称する家系図があった。
非常に怪しいものだが、その昔(40年も前のことだろう)見せてもらった記憶によれば、
ぼくの祖父の代で18代となっていた。

何でも、そのずっと前の祖先は「備後の三郎 児島高徳
(びんごのさぶろう こじまたかのり)」といわれた人で、
戦前の教科書には載っていたそうだ。
児島高徳は、南北朝のころ(1300年代)後醍醐天皇が隠岐の島に流されたとき、これを助けようとしたが叶わず、
桜の幹に
「天莫空勾践 時非無范蠡」(てんこうせんをむなしゅうするなかれ ときにはんれいなきにしもあらず)
と墨で書きつけた。
これを見つけた兵は何のことかわからず、後醍醐天皇だけが意味を理解したという。
古代中国の故事にのっとった難しい漢詩だが、弥次さんは小さいときからおじいさんに
この漢詩を言われ続けて育ったから、小学生のころには覚えていた。

・・・というのは余計な話。
百五銀行

 この関宿は、銀行までもが江戸時代だ。
この建物が銀行に見えますか。
これはれっきとした銀行で、地元の「百五銀行」だ。

土曜日なので中には入って見れなかったが、男子行員さんはきっとちょんまげで手代のふん装をし、女子行員は日本髪に着物で前垂れでもしているに違いない。

やるならここまで徹底してもらえるとうれしいけどね。

〈百五銀行〉
関の小万のもたれ松


 関の小万のもたれ松の案内板があった。

小万は父親の敵討ちをするために亀山宿に通っていたが、宿場の若者たちの戯れを避けるために、この松に隠れたという。

〈関の小万のもたれ松〉

〈関の小萬〉

江戸時代中期、久留米藩の剣術指南役牧藤左衛門が、同藩の小林軍太夫に殺されるという事件がおこった。
小林軍太夫は他国に逃げたが、それを追い藤左衛門の身重の妻が敵討ちの旅に出た。
しかし、その妻はこの関宿の旅籠山田屋に泊まったときに娘を産み落とすと、そのまま死んでしまった。
山田屋で育てられた娘「小萬」は、旅籠の仕事を手伝いながら、親の敵を討つため、亀山城下の加毛寛斎の
もとに剣術修行に通い続けた。

修行を続けて3年後、天明3年(1783)この宿で偶然仇の軍太夫を見つけ、みごと敵討ちを果たしたという。
その後も小万は、山田屋で働き続け、享和3年(1803)38歳で亡くなったという。
 「関まちなみ資料館」や「旅館玉屋歴史資料館」があったが、喜多さんの、「タダなら見てあげよう」精神で、入場を却下されたので、「ま、いいか」と外だけ見て、通り過ぎる。

たぶん、二度と行く機会はないから、何でも見ておきたいのだけど、疲れてもいたので反論する元気もない。

〈関まちなみ資料館〉

〈関宿のポスト〉                            〈美しい街並み〉                          〈なぜか大きな熊とカニ〉

〈関宿は電線が地中に埋められていて町が美しい〉

〈夕暮れの関宿〉
地蔵院

 雨の中を亀山から歩いてきて、靴もぐっしょり、体も冷えてきた。
この地蔵院を右に折れ、本日の宿泊を予約している「関ロッジ」へと向かう。

関ロッジは人気のある国民宿舎で、予約が取りにくいとガイドにでていたので、2週間くらい前に恐る恐る電話してみたら、意外と簡単に予約できた。

今日は、横浜を早朝に出発し、各駅停車を乗り継いで、さらに亀山から関まで6kmを歩いてきた。

疲れてないといえばうそになる。

〈地蔵院〉
関ロッジ

 何しろ「特別室」を予約しておいたので、多少の優越感で部屋に入る。

何が特別なのかというと、部屋に風呂とトイレがあるだけの話で、布団ではなくてベッドルームということはあるのだが、そんなに特別なわけではない。

風呂は、地下に大きな風呂があったので、部屋の小さな風呂に入る気もしないし、いまどき、部屋にトイレもないようなホテルはないだろう。

部屋でさっき買った「関の戸」を食べて、夕食もたっぷり食べ、明日の鈴鹿越えに備えて、早々に寝ることにする。その前にたっぷりと水分のしみ込んだ靴を乾かすために、古新聞をもらい靴の中に丸めて入れるのを忘れてはならない。

〈国民宿舎 関ロッジ〉
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