〈十四日目〉 平成19年 3月31日 土曜日 曇り 藤枝宿〜島田宿〜金谷宿
   

喜多さんと二人で磯子駅を4時47分発の根岸線に乗り込んで、藤枝には8時少し前に着いた。

前回食べられなかった「瀬戸の染飯」をぜひ食べてみたいと思い、駅前の喜久屋に寄ってみたが
時間が早すぎて開店していなかった。「瀬戸の染飯」は、またしても食べられずに通りすぎることとなった.。


前回、東海道から藤枝駅方面に折れた青木交差点まで戻って、旧東海道のたびを再び始める。

   
六地蔵

1km近く歩くと左手に六地蔵堂があった。
六地蔵というから、地蔵さんが六体並んでいるのかと思ったら、ひとつの石碑に六つの地蔵さんが彫られてあった。このような形のお地蔵さんを見るのは初めてだ。

その先に「古東海道追分」の碑があった。写真を撮ろうと思いカメラを構えても地元のおばさんがどいてくれない。

松並木を抜け、ほぼ一号線に沿ってしばらくはあまり見所のない道を歩く。
六合駅を過ぎ2kmくらい先で左に折れ、蓬莱橋(ほうらいばし)に向かうことにする。

 
〈六地蔵〉
   
蓬莱橋

この蓬莱橋も、今回東海道を歩かなければたぶん一生知らないままで終わったところであろう。

旧東海道から約1kmで世界最長の木造橋「蓬莱橋」にたどりつく。
全長896.5m、幅2.7m、ギネスブックにも登録してある世界最長の木造の橋だ。渡橋料200円を払って、早速渡ってみる。

ちょうど桜の季節で、向こう岸は桜が満開だ。何しろ片道900mだから、往復すれば1.8kmだ。旧東海道から外れて1km歩いてきたのにさらに1km、合計4kmも余計に歩くことになる。東海道を歩く体力を消耗するのが惜しいが、せっかく来たのだから向こう岸まで歩くことにする。渡り終えた先にはちょっとした公園も整備されていて、なかなか面白い。


故郷の岩国の錦帯橋も木造の橋だが、この蓬莱橋は錦帯橋に比べると実におおらかな作りで、欄干も低く少しよろけると川に落ちてしまいそうだ。

 
〈蓬莱橋〉
   
 
〈大井川にかかる蓬莱橋〉
   
しぞーかおでん

 蓬莱橋を往復して、川のたもとに茶屋があったので休憩することにする。
弥次さんはさくらえびの天ぷらそば、喜多さんは「しぞーかおでん」を注文する。


「しぞーかおでん」とはもちろん「静岡おでん」のことだが、メニューにも「しぞーかおでん」と書いてあった。味噌味で、おかかの粉末がかけてあった。喜多さんはわりと気にいったようだ。

〈しぞーかおでん〉
   
大井神社

蓬莱橋からまた旧東海道に戻り、一里塚跡、刀匠碑、芭蕉句碑を過ぎた右手に大井神社が見えてきた。

大井神社の入り口の石垣は、川越人足が毎日一日の勤めの終わりにひとつずつ大井川から持ち帰った石で築いたそうだ。

大井神社は奇祭の「帯祭り」で知られる。

 
〈大井神社 両側の石は川越人足が持ち帰ったのだそうだ〉
   
日本三大奇祭 帯祭り

 帯祭りは、江戸時代この土地に嫁いだお嫁さんが近所に挨拶周りをするのに、着飾って帯を見せびらかしたらしいが、やがて嫁さん自身でなく使用人が代わりに帯を見せびらかして歩くようになったことから始まったらしい。

 横からさした刀に帯をかけ、声をいっさい出さずに黙ってひたすら練り歩くのだそうだ。
その辺りが奇祭といわれる所以らしい。


今年は10月12日ころに行われたそうだが、いつかその日に合わせて見物に行きたいものだ。

〈日本三大奇祭 帯祭り〉
   
大井川川越遺跡

の先の「大善寺」は閻魔堂が山門脇にあるので覗いてみた。
この寺の鐘は川留め・川明けを知らせる時の鐘として親しまれていたそうだ。

しばらく歩くといよいよ大井川の川越遺跡が見えてきた。江戸時代そのままの建物が道の両側に並んでいる。
それらの建物を覗きながらさらに進むと、川会所跡があったので上がりこんでみた。

ボランティアのおじさんが説明するので座ってくれという。
その説明によると、川越賃は背負うか肩車が1人前で、4人で担ぐ台だと4人分の渡し賃、大名などの場合32人で担ぐ場合もあったそうで、そうなると当然32人分の渡し賃を払うことになる。

 
〈川越遺跡〉
   
川越人足

渡し賃は人足に直接渡すのではなく、この川会所でお金を払い、代わりに油紙で作ったキップをもらう。
その油紙のキップを人足に渡すと人足はそれを髪の根元に結わえて、客を背負ったり、肩車して川を渡し、一日の仕事が終わるとその日のキップをまとめて役所に差し出してお金に代えてもらうというシステムであったそうだ。

ちなみに、川の水量によって渡し賃は変わり、ひざまでだといくら、腰までだといくら、胸までだといくらという風で、当然深くなるほど渡し賃は高くなる。
そして、胸より水量が増えると川留めになったという。

膝栗毛には、弥次さん喜多さんがこの大井川を川越人足に背負われて渡るとき、人足がわざと深いところを渡り、帰りは浅瀬を向こう岸に帰るくだりが書かれている。


〈川越人足 ちょっとこわい〉
   
川留めになった大井川

「朝顔の松」や島田市博物館を見たあとでいよいよ大井川を渡る。

さすがに「越すに越されぬ大井川」ゆうに1キロはある。普通に歩いても15分はたっぷりかかる。

この濁流の大井川は、喜多さんが秋の台風のあとの「越すに越されぬ大井川」をぜひ見たいというので、わざわざ車で増水した大井川を見に来た時の写真だ。


さすがに増水した大井川は端から端まで1キロが全部水で、こうなれば川留めは仕方ないところであろう。

 
〈越すに越されぬ状態になった大井川〉
   
   
 【第23次 島田宿 越すに越されぬ大井川】  
   
 
〈島田・大井川駿岸 江戸より23番目の宿〉
   

水が少ないときは歩いても渡れそう〉

〈大井川 さすがに川幅が広いが越すに越されぬほどではない〉
   
大井川を渡る

 本日の東海道歩きは金谷駅まで歩いたところで終了。

金谷駅でビールを買って飲み干す。
うまいこと、うまいこと。飲みすぎて酔っ払ってしまった。

次回は、この金谷駅からまた歩き始めるが、喜多さんは次回参加しない。
だからこの石畳をちょっと見せておきたかった。

青春十八キップを使える旅も、次回の土曜日4月7日だけだ。

来週もがんばって歩きに来るぞ。

〈歩けば15分はたっぷりかかる〉
   
 
〈芭蕉の句碑 馬方はしらじ時雨の大井川〉            〈川越遺跡 今も人が住んでいる〉                          〈つるし雛〉
   
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