〈十日目〉 平成19年 3月4日 日曜日 晴れ 沼津宿〜原宿
【第12次 沼津宿 千本松原と富士山がみごと】

〈沼津・黄昏図 江戸より12番目の宿〉
   
千本松原

 前回、沼津で終了したので今回はその続きを歩く。


朝5時に起き、喜多さんと二人で磯子発6時9分の電車に乗り、沼津に8時5分着。

広重の絵では、街道を西に向かう巡礼が大きな天狗の面を背負っている。これは四国金毘羅さんへ奉納に行く途中なのだそうだ。

沼津は江戸時代以前から松原が有名であったが、今も十万本はあるかと思われる松林が延々の続く。

〈千本松原〉
   

沼津から原までは、千本松原を通ってゆく。松は、千本どころか十万本はあると思われる。どこまで歩いても延々と松林が続く。

今日は初めて「青春18キップ」というお得なキップを買ってみた。おじさんは、「青春18キップ」の使い方を知らないものだから、片道どこまで行っても同じ値段かと思っていたら、なんと一日乗り放題で同じ値段なのであった。

しかも、JR発足20年記念ということで、5回分で8000円。
1回分が1600円だ。この値段だと小田原辺りまで往復すれば元が取れる勘定だ。これは使わない手はない。

沼津駅から、前回バスに乗った乗運寺までタクシーで向かう。偶然ではあるが、乗運寺の前は旧東海道なのだ。



〈千本松原越しに見た富士山〉
松蔭寺のすり鉢松

片浜の駅を通り過ぎ、線路を越えると、松蔭寺が左手に見えてきた。

この松蔭寺は、白隠禅師ゆかりの寺。白隠は臨済宗の名僧としてその名は諸国に知られ、参勤交代でこの地を通る大名が数多く訪れたという。

特に備前岡山藩の池田氏とは親交が深く、池田氏からもらった備前焼の擂鉢を裂けた松の雨よけにのせたまま成長したのが、山門脇にあるという「擂鉢松」だという。
しかし、松の上に擂鉢があるか目を凝らしてみたが見えなかった

〈どこまで行っても松・松・松 ただしこの道は旧東海道ではない〉

もっとも当時の擂鉢は別の場所に保管されているらしい。
江戸時代には駿河に過ぎたるもの二つあり、富士のお山と白隠禅師・・・といわれたらしいが、今回東海道を歩くまでは白隠禅師などは知らなかった。

ここまで来る間にも、歩いてみて初めて知ったことが多い。
今まで何十回となく西に向かって新幹線や車で通り過ぎたところであるが、歩く目線で見ることは大事なことだと痛感する。
新幹線や高速道路では早すぎて何も見えない。


※このすり鉢松は平成22年12月に枯れたというニュースをyahooで見つけた。


〈すり鉢松 でも見えない〉
 前回、すでに原から富士川まで歩いているので、原駅からは電車で富士川の手前の身延線柚木駅まで行くことにする。

青春18キップの使い方を知らなかったものだから、原駅から柚木駅まで220円のキップを買ってしまった。
JRなら日本中どこまで行っても乗り降り自由、こんな便利でお得なキップがあるとは今までまったく知らなかった。
このキップは、春休み、夏休み、冬休みの学生が休みの時期しか発売されていないが、今後多いに利用することになる

〈白隠禅師の墓〉
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